東京高等裁判所 昭和44年(う)1996号 判決
被告人 若山光雄
〔抄 録〕
所論は、原判示第二の事実について、被告人は事故後同乗者をその送り先に届けてのち、自動車を水洗いした機会に始めて自車のフエンダーに異状があることを知り、その事故が自己の運転した車両によつて発生したものであることを認識したのであつて、事故発生当時においては、その認識がなく、精々半信半疑の程度であつたのに、原判決は、道路交通法第七二条第一項前段違反の罪が成立するには、事故が自車との衝突によつて生じたことを未必的にも認識しておればよく、そのことについて確然たる認識を要するものではないという見解をとつて、被告人は右の点について少くとも未必的に認識していたと認定したうえ、被告人の同判示の所為について、同法条同項前段と同法第一一七条を適用して処断したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認をおかすとともに法律の適用を誤つたものであるというものである。
しかしながら、原判決が同判示第二の事実について挙示する証拠によると、所論が誤認と主張する点を含め同判示第二の事実を優に肯認することができる。すなわち右証拠、とくに荒沢真次、佐藤正勝、木崎稔および小野寺房夫の捜査官に対する各供述調書によつて、事故直後における被害者救護のもようを検すると、原判示第一の経過で被告人運転の自動車と被害者とが衝突した際、近くに停車していた佐藤正勝運転の自動車内にいた荒沢真次がドスンという鈍い衝突音をきいて、まつ先に被害者の倒れている地点にかけつけ、被害者が負つた怪我の部位、程度を確認したうえ、約一〇メートル余離れた交番の中から出てきた警察官に対し、大声をあげて救急車の手配を依頼したこと、相前後して木崎稔がその運転する乗用車を被害者の倒れている地点の付近に停車させ、すぐに下車してかけよつてみたら、ひき逃げ事故らしいと分つたので、いそぎ交番に走つてその旨連絡し、その返事もきかずに引き返していること、そのうちに前記佐藤正勝が自己の運転していた車両を付近の勤務先会社に納めたうえ、いそぎ被害者の倒れている地点にかけつけてきたこと、折柄みぞれまじりの雨が降つていたし、また被害者が倒れたままになつていると、交通の邪げになるので、右荒沢、木崎、佐藤らが協力して被害者を木崎が運転してきた自動車内に収容したうえ、その自動車を原判示交差点の外の安全な場所に移動させて、救急車の到着を待つたこと、そして木崎はその救急車を待つている間に、被害者の要請により、その親戚筋にあたる人に対し電話連絡したことが認められ、一方被告人の当時における動静を調べると、被告人は荒沢らが右のようにして被害者を自動車内に収容する前後頃に、被害者の倒れていた地点に現われ、被害者が倒れているのは自車との衝突によるものであることの認識がありながら、ただ傍観しているだけで、右のように荒沢らのしている被害者の救護その他の措置に協力しないで、救急車が到着しない前に、その現場から逃走したことすなわち被告人が道路交通法第七二条第一項前段所定の救護義務をつくさなかつたことが明認できる。被告人の原審公判廷における供述および被告人の捜査官に対する各供述調書中右認定に牴触する部分は、前掲証拠に照らし信用できないし、原判決もその部分を除いたその余の供述ないし供述記載部分を証拠として引用する趣旨で、それらの証拠を挙示しているものと解せられる。その他原審記録をつぶさに検討しても、また当審における事実取調の結果に徴しても、原判決の右認定に誤認を思わしめるような点は、ごうも存しない。所論は、被告人は同乗者をその送り先に届けて洗車をした際に始めて、事故が自車によつて発生したことを認識したものであつて、事故当時においては精々半信半疑の程度で、未必的にもその認識がなかつたと主張するが、原判決挙示の前記証拠、ことに被告人の捜査官に対する各供述調書によると、被告人は原判示第一の経過で自己の運転する車両と被害者が衝突した際、ドンという大きな音をきくと同時に自車が何か(この点について、司法警察員に対しては、大きな石か対向車両と述べ、検察官に対しては、新聞紙のたばねたものか布きれのかたまりと述べ、原審公判廷においては、ころがつてきた積荷と述べて、その都度表現がちがつている)と接触した衝撃を感じたので、原判示交差点を通過して間もなくの道路左側端に自車を停車させて下車し、その衝撃を感じた地点にもどつてみると、被害者の女性が怪我をして倒れており、まもなくそこに集まつていた人たちがその女性を抱きかかえて、自動車内に収容すのるを現認していることが認められ、前掲証拠、ことに荒沢真次、佐藤正勝および木崎稔の捜査官に対する各供述調書と実況見分調書(二通)によると、被害者が右のようにして倒れていた地点は被告人運転車両の進路右側直近であつたこと、被害者が転倒した前後頃に、被害者が倒れている地点を通過した車両は、被告人運転の自動車だけであつたこと(これに反し、当時被告人運転車両の先行車両と対向車両があつた旨の被告人並びに証人遠藤栄子の原審公判廷における各供述部分と被告人の捜査官に対する各供述調書中における供述記載部分は、いずれも信用できない)、佐藤正勝が被害者の倒れている地点の付近に現われた被告人に対し、「君がやつたんだろう」ときめつけたところ、被告人は「前から倒れていた」とか「向う側車線の車だ」とかいつて、あいまいな返答をしたことが認められ、さらに前記証拠のうち原審証人遠藤栄子の証言によると、前記衝突音がきかれた当時、同証人は被告人運転の車両助手席に同乗していて、自己の前面右端上部から何か黒いもの(風呂敷か新聞のかたまりとも表現している)がドスンと落ちてきたことを認識していることが認められ、なお被告人の検察官に対する昭和四四年二月一日付供述調書によると、被告人が運転していた自動車のバンバー右前部が車体の方にくいこみ、右前部にある前照灯の枠がガクガクとゆるんでいて、前記接触時における衝撃が相当に強かつたことが認められ、以上の各事実を綜合考察すると、被告人はおそくとも被害者が倒れていた地点に赴いた時点において、被害者が自車との衝突によつて怪我し、かつ、倒れていることを認識していたものであり、少くとも未必的に認識していたことは明らかであつて、たとえ所論のように、あとになつて洗車をした結果、衝突痕があることを発見したという事実があつても、それは自己が衝突事故の犯人であることの確信をますます強めたというだけのことであつて、自車が衝突したことを裏付けるそのような資料がなければ、右認識の点についての認定ができないというわけのものではないこともちろんであるから、所論はとうてい容認できない。そして右のように人身事故を起した運転者に対し、道路交通法第七二条第一項前段違反の責任を問うには、その運転者において、被害者が自車との衝突によつて負傷したことについての認識があることを要するのはもちろんであるが、その場合その認識は未必的認識をもつて足りるものと解すべきであるから、前記のように被告人が自車との衝突によつて被害者が負傷した事実について認識があり、少くとも未必的に認識していたことの認められる本件においては、被告人は同法条違反の責任を免れることができないこともちろんであつて、原判決が、同じ趣旨において、少くとも被告人に未必の認識があつたと認定したうえ、原判示第二の事実について、同法第七二条第一項前段と同法第一一七条を適用して処断したのは、まことに相当であつて、原判決には所論の事実誤認はもとより法令適用の誤りも存しない。(昭和三七年(あ)第一六九〇号、昭和四〇年一〇月二七日大法廷判決参照、集一九巻六号七七三頁)論旨は、理由がない。
(山田 目黒 中久喜)